2025.12.23

「夢なんてない」と言い切る最強の生存戦略。東京の給与で愛媛に住む“プロサラリーマン”の仕事の流儀

コマツさん(42歳・愛媛県在住)
Interviewee コマツさん(42歳・愛媛県在住)

1982年生まれ。食品メーカー、外資系コンサルティングファーム、大手小売業を経て、2021年に愛媛へ移住。現在は東京のクルーズ船事業会社・経営企画部に所属し、フルリモートで世界規模のプロジェクトを管理する。「会社員として戦略的に生き残る」を信条とし、地方にいながら東京水準のキャリアを維持する自称「プロ・サラリーマン」。

愛媛県伊予郡松前町。

松山市内から私鉄で15分ほど揺られた先に、その小さな町はある。ショッピングモールが一つあるだけの、どこにでもある地方の町。

その一角にある一軒家のデスクで、コマツさんは世界を相手に仕事をしている。

パソコンの画面には、英語のチャットツールと複雑な工程表が並ぶ。

彼は現在、東京・港区にあるクルーズ船事業会社の経営企画部で大小さまざまなプロジェクト管理を行っている。

本社の各部門とプロジェクトを遂行しつつ、時には海外ベンダーとの会議にも参加したり、クルーズ船に乗船して外国人クルーとやり取りすることもある。

その仕事の強度とスピード感は、丸の内にいるのと何ら変わらない。

「別に、のんびり田舎暮らしがしたかったわけじゃないんです」

そう淡々と語るコマツさんは、起業家でもフリーランスでもない。「会社員」であることにこだわり、その枠組みを使い倒す男だ。

自らを「プロサラリーマン」と称する彼の生き方は、夢や憧れで語られがちな地方移住の常識を、鮮やかに覆していく。

これは、夢を持たないエリート会社員が、家族を守るために選び取った「冷徹で、最高に愛のある生存戦略」の話だ。

「2歳の娘の記憶がない」

時計の針を少し戻そう。

コマツさんのキャリアは、華麗かつ壮絶だ。

新卒で食品メーカーに入り、2社目に選んだのは外資系コンサルティングファーム。

20代の頃は、憑りつかれるように仕事に没頭していた。

朝イチで出社し、終電後にタクシーで帰る。「ブラックの最終地」と自嘲するほどの激務。

倒れたこともある。1ヶ月休職したこともある。それでも「働くこと」がアイデンティティだった。

転機は、ふとした瞬間に訪れた。

スマートフォンのフォルダにある、長女の写真を妻と一緒に見返していた時のこと。

0歳の時の写真は、覚えている。

3歳、4歳の最近の写真も、記憶にある。

だが、「2歳の娘」の記憶だけが、すっぽりと抜け落ちていた。背筋が凍った。

「これは、よくない」

仕事でどれだけ成果を出しても、家族との時間が消えていくなら、それは人生の損失だ。

満員電車に揺られ、家と会社を往復するだけの毎日。

その異常さに気づいた時、心の中で「キャリア」の意味が変わった。

変数は2つ以上変えない

2021年3月。コロナ禍の混乱を計算づくで利用した。

当時勤めていた小売大手スーパーは、親会社の変更で揺れる過渡期にあった。

「家族の事情」と「リモートでも結果を出せるという実績」を盾にし、東京から愛媛への移住によるフルリモートでの勤務を会社の理解を得つつ成功させたのだ。

「会社員として生き残るなら、ルールを守るより、価値を証明するほうが早い」

だが、真に驚くべきは、その後のキャリア展開だ。

コマツさんは愛媛に移住した後、現在のクルーズ船事業会社へ転職している。

地方にいながら、東京の企業へ、しかも給与水準を落とさずに。

これは運ではない。

曰く、プロサラリーマンには転職をする際に必ず守る「鉄の掟」があるとのこと。

その掟とは、「変数は2つ以上、同時に変えないこと」。

「業界」「職種」「働く場所」「年収・役職」。これらを一気に変えれば、適応できずに破綻する。

だから、盤面を冷静に見極めた。

場所: 愛媛から動かない(固定)

職種: プロジェクト管理から変えない(固定)

年収・役職:年収・役職:前職相当を維持しつつ、転職での無理なタイトルアップはしない

その代わり、「業界」という変数だけを変えた。

小売から、未経験のクルーズ事業へ。

たった一つだけを変数にすることで、リスクを最小限に抑えつつ、鮮やかにキャリアをスライドさせたのだ。

常に計算し、自分の市場価値が落ちないポイントを見極める。

それが、地方にいながら東京の第一線で戦い続けられる理由だ。

プロサラリーマンの地域活用術

現在、彼の職場は主に自宅のデスクだ。

仕事が終われば、パソコンを閉じて家族と食卓を囲む。

月に1回は東京オフィスにも顔を出し、メンバーとコミュニケーションを取るようにしている。

そして、週末は、地域のコミュニティに顔を出す。

面白いのは、彼が地域活動でも「プロサラリーマン」のスキルを遺憾なく発揮している点だ。

例えば、「愛媛県スケートリンク設立の会」の活動。

ただ情熱で叫ぶだけだと意味がない。行政を動かすためのロジックを組み、ステークホルダーを調整し、会のメンバーの一員として活動を推進する。

会社という枠組みで培った筋肉は、地域おこしというフィールドでも最強の武器になるのだ。

夢がなくても幸せはつくれる

コマツさんには、熱烈な夢はない。

「嫌じゃない仕事で、お金がもらえて、家族と笑って過ごせればそれでいい」

そう言い切る。

だが、その「普通」を手に入れることが、現代においてどれほど難しいか。

彼はその難易度を知っているからこそ、英語を学び続け、新しい業界へ飛び込み、己のスキルを磨き続けている。

夢を見るためではなく、現実を守るために。

愛媛に移住して4年半。

「東京に戻る気持ちは、ゼロですね」

そう笑うコマツさんの横顔は、かつてコンサル時代に見せていた疲労感とは無縁だ。

大人のベターな選択。

それは、必ずしも「やりたいこと」を見つけることではない。

「守りたいもの」のために、持てるカードをすべて切ってサバイブすること。

コマツさんの生き方は、夢を持たないすべての会社員にとっての、一つの解なのかもしれない。

SECOND編集部
Author SECOND編集部

「大人のベターな選択」を支援する、移住&キャリアマガジン編集部。場所や常識に縛られず、人生を再編集するための「戦略」としてのローカルライフを提案する。きれいごとではないリアリティのある移住者インタビュー、独自の視点で切り取った企業ドキュメンタリー、賢く生きるためのコラムを発信中。

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